第10回 2003 iEARN国際会議 in Japan

「ア ジ ア を 飛 び 交 う 日 本 語 交 流 − 国 際 教 育センター 10 年の歩み」

 

日 時 
2003 年 7 月 23 日 (水)
場 所 
兵庫県淡路島 夢舞台国際会議場
発表者 
油  井  加  津  子
yui@mxu.mesh.ne.jp

目 次

1.はじめに

2.KDDI(財)国際コミニュケーション基金 社会的・文化的諸活動助成事業

  平成 5 年度 第 1 回目受賞プログラム

  「アジアを飛び交う日本語交流−活躍する(静止画像)テレビ電話」

 

3.KDDI(財)国際コミニュケーション基金社会的・文化的諸活動助成事業

  平成 8 年度 第 2 回目受賞プログラム

  「アジアを飛び交う日本語交流−友情と平和の虹の架け橋」

 

4.KDDI(財)国際コミニュケーション基金社会的・文化的諸活動助成事業

  平成 12 年度 第 3 回目受賞プログラム

  「新生アジア−NGO地球市民ネットトーク− 21 世紀の友情・平和・文化を語る日本語交流」

 

5. 最 後 に ― 国 際 交 流 の 未 来 を 見 つ め て ―

 

 

1. は じ め に

 テレクラスインターナショナル代表高木洋子先生とルマフォン(白黒静止画像テレビ電話)国際交流に出会って約10年の月日が過ぎました。あっと言う間の 10 年だったように思います。ECCジュニアの教室を始めたのがきっかけで、このような素晴らしい出会いがあった事を心から感謝したいと思います。最初の出会いの高木先生の印象は長身でスリム、3人の子持ちの私とは正反対。外人のようなルックスで優しく私を心底包み込んでくれるようなとても素敵な先生でした。テレクラスの進めるテレビ電話を使用した海外との国際交流はその当時インターネットもまだ全くない時代でしたから画期的でしかも語学教育を子供たちに教える仕事を持つ私にとっては、それは高木先生のお人柄以上にとても魅力のあるものでした。何としてもこのような形で国際交流を推進したいという熱い思いと高木先生の御指導のもとに佐倉市内にまず佐倉インターナショナルクラブというTV電話を使用した国際交流を推進する団体を結成致しました。高木先生が一環として掲げていた「ボランティア」という言葉も今では世間に普通に使われている言葉ですが、10年程前まではあまり世間で受け入れられず「特別な意識」のもとに行動するお金を要求しない奇特な存在だったと思います。しかし、確か高木先生と私の共通の理念、理想、あるいは絆はこの「ボランティア」の意識、無償で動くことに共感があったので、ここまで高木先生に惹かれたのかもしれません。損得無しでだだひたすら使命感に帯びて行動する、そこに自分が求めている理想の人格があったのだと思います。お金儲けではなく、自分のライフワークの中にテレクラスという存在は私の人生を賭けても決して惜しくない大切な宝物だったように思います。

 それから、なぜこのボランティアを推進できたかのもう1つ大きな理由が私にはありました。それは長女が生後2ヶ月で胆道閉鎖症の診断を受け大手術の末、高木先生と出会った時に、自分の人生を嘆かずこの娘が今丈夫に生きている事に心から感謝して、このボランティアの仕事をすることで世の中に何かお返しができるなら、本当に頑張ってみたいという気持ちがあの当時はとても強かったように思います。いつ何があってもおかしくない娘を育てる辛い思いを何かで紛らわせたかったのだと思います。お蔭様でその娘麻里も今年で 18 歳になりました。高木先生に出会った時は確か小学校2年生だったと思います。その後何事も無かった様にここまで無事に成長してくれた事が本当に嬉しく思います。その感謝の思いで今日この淡路島の地で「アジアを飛び交う日本語交流−国際教育センター10年の歩み」を発表でき、北京大学教授 賈寢梵謳カ、そして北京第二外国語大学教授 潘寿君先生と共にこの壇上に立てることを心から感謝したいと思います。

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2. KDDI(財)国際コミニュケーション基金 社会的・文化的諸活動助成事業

平成 5 年度 第 1 回目受賞プログラム

「アジアを飛び交う日本語交流−活躍する(静止画像)テレビ電話」

 

2−1.は じ め に

 国際教育センターとして第 1 回 財)国際コミニケーション基金より助成していただきました事業につきまして、以下御報告申し上げる次第でございます。

 今回のこの事業遂行にあたりましては、各界の方々より真心の御支援を賜り多大な成果を収めることができましたことをここに衷心より深く感謝と敬意を表するものであります。本当に有難うございました。ボランティアという名のもとにどれだけの人がこの事業に賛同し、また協力して動いていただけるものか、何の名声も力もない一市民である私たちにどれだけ力を貸していただけるものなのか、多くの不安はありました。それにも加え、神戸の大地震、地下鉄サリン事件等々、多くの社会的不安が次々と起こる社会情勢の中での活動もまた世間の人々が別の事に興味が集中しているうちは自分も含め本当に大変な時期もありました。一時は全ての動きが止まった状態で胃が痛くなる思いも経験しましたが、その壁を乗り越え次々と新しい協力者を得て、少しでもアジアと日本の友好の架け橋としてお役に立てる事ができたかと自負しております。

 そして、この年経済界においては関心の高いアジア太平洋経済協力会議(APEC)、インドシナ難民国際セミナー等の国際会議が開催されるなど、国際化時代を思わせる年でもありました。こうして、1年半の事業が無事終了し今回巡り会えたたくさんの方々と共に多くの思い出を残して、多大な助成金を国際理解教育とアジアと日本の 平和と友情の架け橋として国際貢献のために有意義に使わせて頂きました事を心から深く感謝申し上げる次第でございます。

 今後とも国際理解教育の実践と推進に全力を尽くす所存でございますので、何卒御指導、御鞭撻の程、温かい御支援を賜りますように衷心より深く御願い申し上げます。本当に有難うございました。

 

2−2 .  事 業 の 要 旨

T 日本語教育普及支援活動

 国際協力事業団(JICA)を通じて、テレビ電話 ( ルマフォン ) による海外の中・高等学校及び大学における日本語語学力の向上と、各国の異文化理解教育の実践のための事業

U 市民レベルでの地域社会の国際化貢献事業

 上記の活動を各地域の国際交流団体と連携を取りながら、テレビ電話による海外交流を図るものとする。

 

2−3 .  事 業 の 概 要

目 的:  日本に熱い目を向けるアジアの国々では、若者の日本語学習が盛んである。この各国の日本語教育機関に、今教育界で広がりをみせている静止画テレビ電話を寄贈し日本の同世代の若者と日本語で話すことで、日本語教育普及活動を支援する。一方、日本の青年にとって英語による交流は至極困難であるが、自国語であればより豊かな交流ができることから、このテレビ電話を通じて、多くのアジアの若者と互いに視線を合わせながら多くの交流を持つことを目的とする。

意 義:  高コストのサテライト・ISDN国際会議等に比べると国際通常通信費のみでできるこのテレビ電話交流は互いの顔を見ながら環境、経済、教育、文化などの会話を進めることによって、互いにアジアの民としての自覚を育くみ、将来の相互協力の可能性を探る良い機会である。また、金銭的な援助ばかりでなく、このような形をとった国際交流の提供もわが国のできる国際貢献の一つであると言えよう。

 

2−4 .  終 わ り に   ― アジアの平和と発展を願うひとりとして ―

 戦後 50 年という節目を迎え、私たち日本人が今何をすべきか、そして将来何ができるか、また未来を担う子供達に何を残してやれるかを本当に真剣に考えなければいけない時にきていると思います。

 そして、一言で言えば私たち日本人ひとりひとりがもっともっとアジア諸国を知らなければいけないし、もっとアジアに関心を持つべきではないでしょうか。古く歴史をひもとけば、古代より遣隋使、遣唐使また仏教や漢字の伝来等々、現在の我々の生活文化というものも、やはり中国そして朝鮮半島より伝わってきたものも数知れずあります。その友好関係から戦争という「悲劇」の 2 文字によってすべてが壊れてしまったのです。壊れた茶碗をくっつけてみても、そこにはやはりヒビが入ってもとの茶碗には到底戻ることができません。日本とアジア諸国の関係もこれと同じかもしれません。その傷跡は深く、くっつけてみたところで、やはり外から見ればヒビが入っているのです。

 しかしながら日本人は戦後、勤勉さ故の国民性から見事に立ち直りこの短期間にすばらしい高度経 済成長発展へとアジアをリードしゆくまでに至りました。その反面アジア諸国から日本を見た時に、反日 感情をむき出しにした、アジア人が心の中で日本に抱く複雑な気持ちや、エコノミックアニマルなどという悪口をたたかれた時代があったことも否めない事実ではないでしょうか。

 戦後 50 年という長い歴史の中でそのような国際社会にあっても、アセアンを中心に今やアジア各国は目覚しい発展を遂げ、アジア諸国は世界の政治経済の桧舞台に立とうとしています。そして、この今という時に、日本人が、あるいはアジア諸国の人たちが、心の底から同じアジアの民という土壌の上に立って「心のふれあい」を感じることができるでしょうか。

 日本人ひとりひとりが、あるいはアジア諸国の人たちがもっとアジアを知りたい、日本を知りたい、もっとアジアのいろいろな国々の人たちと出会い語り合ってみたい、日本人と語り合ってみたい、そこからがアジアにおける国際理解教育の第一歩かと考えます。「対話なき時代」に対話の場を与え、友好への道を作る。また友情の架け橋を作ってこそアジアの平和と発展があるものと確信いたします。

 中国、東南大学との第 1 回目のルマ交流は実現に至るまで長い道のりでした。それだけに、当日は非常に緊張もしましたが、私の挨拶に東南大学の方々が本当に大きな拍手を下さった時、涙がでるくらいうれしかった。その拍手で私の今までの苦労がいっぺんに吹き飛んでしまうくらい感動しました。また韓国とのプログラムにおいても敬愛短大の学生が「日本についてあなた方の両親、おじいさんやおばあさんから聞いている日本と今あなた方が感じている日本の印象はどうですか?」との質問に、韓国側は長い沈黙が続きました。そして・・・・・・李教授より、日本語で「今、学生達はその質問には答えられません。」という返事が返ってきました。その時「これが現実なのだ」という思いが私の胸に突き刺さり、とてもショックでした。しかしその後、李教授より「学生達も私も日本語が好きだから一生懸命勉強しているのです。」という一言を聞いた時は、このプログラムは成功した。韓国とルマ交流できて本当に良かったと心の底から思い、熱いものがこみ上げ、李教授に感謝しました。

 私にとってこの一年半はいろいろな壁との戦いでした。 1 つのプログラムが実現するまでには、陰にここに書ききれないくらいのたくさんのドラマがあるからです。私たちのプログラムに賛同して無償で動いてくれた方々、そこからがアジア人同士の友情の始まりであった事に間違いはありません。いろいろなプログラムが今回このように実現するにあたりましては、何か1つでも「NO」ということであれば道は閉ざされてしまうのです。たとえば、中国へ<ルマフォン>を寄贈するにしても、寄贈先の大学の学長のこのプログラムに対する了承より始まって、それを中国という自由主義社会でのない所の国へ電話機を持ち込む。郵送してもし税関で「NO」であればすべてがダメ、どこかに置いておかれる可能性もある。そしてそれを中国人に依頼して無償で中国に持っていってもらう。これも税関で「NO」ならダメ。その後無事に南京大学へ持って行ってもらい、実際に動くか否かのテスト。電話機自体が何らかの形で不良、あるいは電話回線状況が悪ければ「NO」ふり出しへ戻る等々。日本サイドのJICAで協力体制がもし「NO」なら場所と協力してくれる所を探さなければならず、話しだせば本当にきりがありません。そして様々な方々の熱意と真心で実現したプログラムでした。そして言葉では言い尽くせない程の中国人の方々と日本人の方々の温かいご努力とご協力の賜物と心より感謝申し上げる次第でございます。

 これからの50年は、日本とアジア諸国がお互いにもっともっと努力しなければいけない。もっと たくさん対話してお互いが発展できるよう「心のふれあい」の場を作らなければいけないと思います。そ して習慣や文化の違いはあってもお互いに知り合い教え合って理解を深め、更にお互いが良い環境を作る努力をしていかなければならないと考えます。

 最後に日本人のひとりとしてアジアと日本の友好と信頼関係を確実なものとし、両国の益々の平和と発展を切に望むものであります。そして微力ながらも、このような形でルマフォン交流することによって、少しでもアジアの平和と友情の架け橋の存在として国際貢献できますことを心より念願し、今回の事業の総括的報告とさせていただきます。有難うございました。

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3. KDDI(財)国際コミニュケーション基金社会的・文化的諸活動助成事業

平成 8 年度 第 2 回目受賞プログラム

「アジアを飛び交う日本語交流−友情と平和の虹の架け橋」

 

3−1.は じ め に

 国際教育センターとして第 2 回目の栄誉ある助成・援助、御支援をいただきましたことを感謝申し上げると共に前回の「アジアを飛び交う日本語交流−活躍するテレビ電話」の継続事業として新たな視点よりアジアにおける国際理解教育の推進に一助を成し得て、関係各界の方々より大きな反響と御協力を得て、無事終了することができましたことをたくさんの方々の参加とご協力の賜物と感謝しつつ、ここにご報告申し上げる次第でございます。今後ともご支援賜りますよう衷心より御願い申し上げます。

 

3−2.事 業 の 要 旨

 日本語教育普及支援事業他 : アジア各国の大学と電話回線を使用したテレビ電話会議を通じて異文化理解教育の推進と語学力向上を支援することにより、市民レベルでの地域社会を結ぶ国際化貢献事業を推進し、全国の国際交流団体と連携して活動する。

 

3−3.事 業 活 動 の 意 義

 関係者各位による今回のプログラム内容の感想や反響等をアンケートにしていただきました。各個人が遠い異国の人々との国際電話を利用したテレビ電話によるコミニュケーションというものが、予算も限られているのでほんの短い時間ではありますが、日本との出会いが深い感動と素晴らしい思い出となった人生のひとコマであったことには違いないものとなりました。

 日本語を学習するについて海外の方たちの熱意と努力は、私たちの想像を絶することであると思いますが、皆さん真剣にまた純真に語学習得のために日々努力されている結果、素晴らしい国際交流を生み出すことができました。日本語教師の先生方のご苦労もひとかたならぬものと心より感謝申し上げます。

 プログラム開催までにはいろいろな方々のご努力とご尽力があったればこそ、学生たちにもこのような素晴らしい「心の感動」を思い出としてプレゼントしてあげられたと思っております。交流に際しましては、国際電話料もかかり事前の打ち合わせにはFax代も事務経費として非常に高コスト にはなってし まいますが、終了した後のすべての方々の心の感動には換えがたいものが得られたと思います。一生の思い出となるであろう数分間の異国の人々との出会い、そしてこの国際電話会議を通じて得られたひとコマひとコマは彼らにとって永遠の宝物として心の奥で輝き続けることでしょう。今後ともこの「心の感動」を「友情と平和の架け橋」のテーマのごとく繋げてまいりますので、今後とも各方面の方々のご指導とご鞭撻の程を何卒宜しく御願い申し上げます。

 

3−4.終 わ り に   ― 未 て ―

 このプログラムを申請致しました今から2年程前といえば、日本経済が今ほど不況下にあったわけではなく現在の日本の状況がアジア全体の経済の行き詰まりにならないかと危惧致しましたが、私のような立場の者から見ても非常に残念に思う次第でございます。そのような状況下にありましても、今回のプログラムが一年半かけて無事に大成功に終了できましたことは、非常に感慨深くまた関係各位に心より御礼申し上げる次第でございます。

 現在の日本の経済状況が少しでも好転して欲しいと切に願っておりますが、本来このようなボランティア活動はこれからの国際理解教育を推進する上において非常に重要であり、また意義のあるものであり、日本がアジアの中核となってこのような活動を力強く支えていく使命があるのではないかと思っております。しかし、このような不況下にあれば当然のことながら外国を知る機会も少なくなり、島国であるわが国においては、「生きた国際交流」でさえも萎んで行きはしないかと非常に憂慮する昨今です。

 パソコンは一家に一台、そして中学生でさえ携帯電話を持ちたがる時代ですが、物質的な豊かさにどっぷり依存しながら育っていく日本の子供たち、そして学力低下の学校教育に頼れない故に、学力向上のために我が子を仕方なく塾に入れ依存する親が大半を占め、学校教育のあり方、家庭教育のあり方が問われています。中学生、あるいは小学生から非行化が低年齢化してきている現状では、経済界だけでなく教育界も何をどう変革すれば良いのかという難問に 21 世紀の確かな道標というものを見失っているようにも思えます。今日本という国は経済危機を乗り越えるだけでなく、世の中がいろいろな意味で豊かになり便利になればなる程、乗り越えなければならない課題が多すぎるように思います。

 今回このプログラム成功のために私は私費で台湾大学日本語学部を表敬訪問致しました。私共の今回のプログラムに非常に関心を寄せられた謝先生たちに大歓迎を受け、そこでこの事業活動を深く理解して賛同して協力を得るために礼を尽くし、また私たちができる最善の努力をお約束して無事帰国することができました。

 そして、中国北京大学、北京第二外国語大学、香港大学、台湾大学、東南大学等々、各大学の教授陣は今回のプログラムとボランティア活動に深く感謝して賛同してくださいました。そしてまた、本年が中国北京大学創立 100 周年ということもあり、その祝賀事業の一環として我々市民レベルでの国際交流をテレビ電話を用いて、アジアの各大学を結びそれぞれの立場でこの祝賀事業に参加することができました。このプログラムに残念ながら台湾大学は参加できませんでしたが、香港大学、韓国柳韓専門大学、帝塚山学院大学、北京大学を結ぶことができ、北京大学日本研究中心より深い感謝と御礼の言葉をいただきました。素晴らしいひと時に皆さんが耳をすまし、国際理解という同じ認識の上に立ち行われたテレビ電話会議はアジアに希望を見つける瞬間でもあったように思います。

 しかし、一方日本の大学の対応は東京大学東洋文化研究所、濱下先生、国立岡山大学文学部辻先生、帝塚山学院大学国際理解教育研究所米田先生等、このプログラムに高い評価を 頂き、御多忙中にもか かわらず協力していただけた教授陣と、残念なことにこのようなボランティア市民による国際理解教育の実践に消極的な対応であった大学の教授もいらっしゃたことも事実でした。ボランティア市民に対する認識と信頼度が薄いために大学の看板を背負ってヘタな事に手を貸しても・・・という日本人独特の島国根性と偏狭な国際感覚の乏しさに残念な思いをするひと場面もありました。アジアの各国の大学が日本のボランティア活動に十分理解を示し大きな懐で包み込み協力していただいた反面、日本の大学のかたくなに閉ざしている何かにぶつかったことが、今回のプログラムでは辛く口惜しいことであったと思います。

 本来私たちのようなボランティア活動にも積極的に協力し、自分の大学の学生あるいは小・中・高校生も含めて国際理解教育へと教え導くはずの先生が、国際理解教育とはどういう教育で、どんな事をする教育でどのくらい価値があり、効果があるのか自信を持って言えない、また実行できずにおとなしくしているという今の教育の現場の実情に、一抹の不安を覚えるのはたぶん私ひとりではないようにも思えます。

 学校側の予算、お金もある、機材、パソコンやインターネットも、施設もホールもある。すべてが物質面、ハード面ではアジアのどの国にも劣らない日本の豊かな学校教育現状とは裏腹に、何をどうすれば良いのか、それすらも疑問に思わず時代の急速な変化に対応しきれない現状、教育現場の国際感覚のずれをどうしても感じざる得ないような気がしてならないのです。

 教育の「心の豊かさ」と「勇気」と「夢」が全く見えてこないのは私たちのようなボランティア活動を実践し直接にアジアの人々の心の扉を一生懸命たたいている者の目にはとても寂しく映るのです。ですから、このような形で海外の人たちと日本の人たちを結びつけるコミニュケーション手段は、今の日本の受け入れる側の先生方の国際感覚と度量の違いによって、他の人が想像し考える以上に、私たちに途轍もない労力と理解のための時間と資料を請求され、会議にまでも縺れ込むともっともっと多くの資料を要求されたりします。アジアの大学の教授陣の国際感覚とは、一味もふた味も違うことを実感してしまいます。私たちは人を騙すためにボランティア活動をしているわけではなく、ボランティアだからこそ今一番大切な事ができる、世の中の大事な事を引っ張って動かす事ができるということを日本の教授陣には理解して欲しかったと思います。

 私たちボランティア市民が挫けずにこのような現状の中、力強く推し進めていける原動力は何か?それは一回、一回のプログラムの多大な成果と海外の日本語を学ぶ学生たちの“喜びの声”と“感謝”の真心の Fax で支えられています。「やって良かった!」その一つ一つの思いで、また思い切り走り抜くことができた一年半の思いをここに報告書として、少しでもご理解いただけるような形でまとめ上げられたことを衷心より感謝申し上げ、第 2 回「アジアを飛び交う日本語交流−友情と平和の虹の架け橋」の御報告とさせていただきます。ご協力いただきました方々には、僭越ながらこの席をかりまして、心より御礼申し上げる次第でございます。本当に皆様方有難うございました。

 また21世紀を目前に控え、何をどう動かしていく事がボランティア市民にとって今重要なのかを深く見つめ創造し、力強く次の一歩に挑戦していく所存でございます。今後とも継続して私たちの活動を見守り御支援いただきますように重ね重ね衷心より御願い申し上げます。国際コミニュケーション基金の関係者の方々にも深く御礼申し上げる次第でございます。本当に有難うございました。

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4. KDDI(財)国際コミニュケーション基金社会的・文化的諸活動助成事業

平成 12 年度 第 3 回目受賞プログラム

「新生アジア −NGO地球市民ネットトーク−21世紀の友情・平和・文化を語る日本語交流」

 

4−1 .  は じ め に

 今回無事にすべてのプロジェクトが終了した事をここに御報告申し上げます。そして新しいアジアの日本語交流の鼓動を感じ、大成功に終了できた事をふまえまして、協力していただいた関係者各位、ならびに多大な御支援をいただきました。財 ) 国際コミニュケーション基金に対しまして、衷心より感謝申し上げる次第でございます。本当に有難うございました。

 私が貴基金より初めて受賞した平成 6 年から始まりましたこのプロジェクトも多大な御支援をいただきまして、年月を重ねる度に新しい感動とそしていろいろな方々との協力のもと、アジアと日本の距離が少しずつ短くなるのを肌で感じ、今年でこのボランティア活動も 10 周年を迎えこれをひとつの区切りとし、また新たな展開が始まる息吹も同時に感じております。特に今回のプロジェクトがアジアの中で中国が中心になりましたが、その理由も中国の大学の教授たちがこの電気通信機器を使用した遠隔地教育に対する熱心な取り組みと「日中国交正常化 30 周年」という節目に日本と中国との民間交流を特に大切にする中国の人々の大きな真心の結晶だったということも、このプロジェクトを大成功に導いたひとつの要因であったことをここに付け加えさせていただきたいと思います。

 

4−2 . 21 世 紀 黎 明 の 時 代 の 幕 開 け と と も に

 私達のような民間の国際交流ボランティア活動の社会的役割も、時代の流れと共に重要な使命を担ってきているということを本当に肌で感じ、ある意味では国際交流は政治家の立場にある人でも、学問的な立場にある人でも、できないことがいっぱいあるのだということを真底理解できたプログラムであったと思います。そして、参加した全員がみんな心から感動し感謝できたことから、新たな発見ができたということも今回の大事な報告かと思います。それは地域の小さな出来事かもしれませんがそのような小さな積み上げが、滔々と流れ国際交流の新しい時代を作っていくのだということを新たに実感できました。また、国際教育センター代表して貴重な経験もたくさんさせていただきました。その感動のドラマを地域にそしてアジアの人々と作り上げる中で、私が長年テーマに掲げてきた「友情と平和と文化を語る 21 世紀の新しいアジア」の素朴で素直で純粋な日本語交流が育っていくことを確信したいと思います。

 そして平成 6 年から貴基金からの多大な御支援に応えるべく 8 年間の歳月をかけまして、ようやく少しずつアジアの扉を開く鍵となりつつありますが、今後の電気通信機器を使用したアジアの日本語交流が、日本全国の地域社会とアジアの人々との大きな絆になっていくためには、まだまだ時間と労力と費用がかかる現実においては「感動」とはまた別に、民間国際交流が今後乗り越えていかなければならない並々ならぬ大きな課題であろうこともここに銘記し、新たな 10 年に挑戦する決意に代えたいと思います。

 

4−3.孤 軍 奮 闘 活 動 報 告 記

 昨年 2001 年 4 月からこのプロジェクト開始のため 4 月と 6 月に中国上海外国語大学に今回のプロジェクトの理解を求めるためと TV 電話寄贈、日本語図書贈呈等 TV 電話のテストと電話回線状況調査のために、 2 度表敬訪問致しました。そして 8 月には同様に北京大学、北京外国語大学、北京第 2 外国 語学院を表敬訪問し TV 電話寄贈、日本語図書贈呈と更にインターネット回線によるコーラスラインシステム国際 交流のテストを日本と行いました。猛暑のなか 2 泊 3 日の強行スケジュールのせいで疲れが出たのか帰国してから全身風疹になってしまいびっくりしました。

 とにかく日本のように高度な情報通信技術にはまだまだ遠く、アナログ回線がやっとの中国の現状に、インターネットによるコーラスラインシステムの長時間のテストも難航し、到着間もなく早くから当初の目的を完遂できずに焦りを感じ、この時代の最先端を行く電気通信技術もこの国にあっては何の意味も成さないものになってしまうのかと、せっかく高い航空運賃を払ってここまで来たのにと、がっかりした場面もありました。しかし、長年の私の熱意と努力に対して中国の 2 つの大学、北京大学日本研究中心と北京第二外国語学院日本研究所より日本を代表する名誉ある顧問の称号と御礼の品々をいただきました。そして、北京外国語大学、上海外国語大学、復旦大学の各大学からは感謝状と御礼の品々をいただきました。

 そして帰国後、 9 月 11 日にアメリカ二ューヨークを標的にしたあの恐ろしい同時多発テロ事件が発生したのでした。アメリカのアフガニスタン攻撃と戦争勃発という恐ろしい事態に直面し、世界中の人々が固唾を呑む瞬間となりました。日本経済低迷に追い討ちをかけるような大事件の後も、ますます世界経済の混乱と相次ぐテロ事件による被害の続発は世界中の人々が目を覆う出来事であり、人間としての安全な生活の保障さえ失われつつある時代世相に一変してしまいました。これは政治だけでは解決できない 21 世紀が始まって間もない、人類が解決しなければならない悲劇的な大きな課題となってしまいました。そして、今こそ真の民間国際交流が大事な時代が到来したと痛感せざるを得ない状況になってきました。

 しかしながら、今の不況にあえぐ日本の経済状況下にあっては、全国の国際交流事業も縮小化の方向をたどらざるを得ない悲しい現実があります。何としても、アジアのリーダーとしての日本をいろいろな立場から先導立って推進しなければいけない。それには、低コスト遠隔地国際交流の推進、情報のネットワーク化等々民間国際交流が出来る事、被爆国日本が世界に向かって世界平和に貢献できるたくさんの事に今真剣に取り組まなければ、 20 世紀の狂った人間が犯した同じ罪を知らないうちに再び繰り返すことになってしまうのではととても懸念しています。

 

4−4. 終 わ り に

 この国際理解のボランティア活動を始めて 10 年が過ぎました。貴基金の絶大なる御支援と御理解に対し、国際教育センター代表として本当に心から感謝申し上げる次第でございます。

 当初 10 年前に誰が今の日本経済を予測できたでしょうか。また誰が非人道的な行為、人間破壊の「テロ事件」を予測できたでしょうか。今後の日本経済の再建も早急に望むところですが、政治的工作が平和を作り出せない今、日本国内のみならず真に平和を問いかけ、世界中の人々が同じ目線に立って、いろいろな問題を解決できる対話の場を民間の立場で推進することが、これからとても重要になっていくと思います。

 インターネットの普及により世界が小さくなる中で、私達の環境も変わって当たり前ですし、今までに無い経験をこれから私達は余儀なくされるでしょう。経済も文化も社会も教育も全て変わっていくのは当然の事でしょう。しかし、人間がこの地球で生息するために変えてはいけないもの、変わってはいけないものもあるはずです。これからは、経済界においても、教育界においても、もちろん国際交流においても真のグローバルリーダーが求められる時代になってきました。既成概念では、もはや 太刀打ちできない世の中になりつつあります。早急のグローバルリーダーを育成する必要があると提案します。

 今後国際教育センターが何を目的に、何をすることで国際社会に貢献できるかを今までの 10 年の軌跡をもとに新しいグローバルな国際交流を追及しつつ、アジアの新しい黎明の時代を築きあげる推 進力となるよう全力を注ぎますので、何卒これからも御指導と御鞭撻の程を衷心より御願い申し上げる次第でございます。最後にもう一度心から感謝申し上げ、貴基金の今後益々の御発展を祈りつつ御礼の言葉に代えさせていただきたいと思います。本当に有難うございました。

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.  最 後 に    ― 国 際 交 流 の 未 来 を 見 つ め て ―

 今後の日本の国際交流について2点の問題点を提起したいと思います。まず1点は、語学力、英語で表現する能力が他のアジア諸外国に比べて、日本人の英語力が受験英語に偏り過ぎており、他の国の人々とのコミニュケーションが取りにくくなっている現状です。それは、私が10年前からテレクラスを始めた当初から全く現状が変わっていません。国際理解教育を担当する先生方もそういう意味で、尻込みしている先生は多いはずです。かと言って学生たちの英語力も会話できるだけの能力はなかなか望めないのが現状です。この状態では、いつになっても「国際理解教育の推進」は、未来に明るい希望が持てないのではないのではないかと、とても危惧しています。世界市民には程遠い、いつまでたっても島国根性から脱皮できないのではないでしょうか。早期の語学教育、英語教育の変革を切に望むものです。

 もう1点は、私がKDDI財)国際コミニュケーション基金受賞平成 6 年から現在平成 15 年に至るこの 10 年近く日本の経済状況が下降線の一途をたどっているという事実が、否めない現実のものになっているということです。そして、残念なことにどこの財団でも、あるいは県の教育委員会、市町村の国際交流団体もこの経済状況下においては予算縮小の一途をたどらざる得ない状況が続いています。国際交流と一言でいっても本当に幅が広いし、ジャンルは様々ですが、私どもが進めてきたTV電話国際交流、IT国際電話交流等も事前準備や実費でかかる費用のことを考えるとなかなか大変な予算取りになります。

 しかし、ここで怖じ気づいては何も始まらない、という長年の高木先生テレクラス流に言えば、誰かが、何かをしなければ始まらないのです。この 10 年の間高木先生を近くで、ある時は遠くで見守って参りましたが、このボランティア活動が日本に定着しつつあることを本当に心から望んでいるものです。本当に頼もしい、本当の本物になって私たちをここまで引っ張ってきてくださった高木先生、テレクラス、そして JEARN はこれまで多くの事を私たちに教えてくださいました。本当に有難うございました。この 10 年の間たくさんの事を勉強させていただいた感謝の気持ちをこれからの 10 年にどのように生かしていけるのかはとても不安ですが、また皆さんの温かいお力添えを頂きながら頑張りますので、今後とも何卒御支援と御協力を賜りますよう衷心より御願い申し上げます。長時間本当に有難うございました。

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