内田 栄亀

ニュージーランドへ 青少年交換派遣学生 

内 田 栄 亀( 1978 〜 79 )

 私は平成元年 3 月に国際ロータリー 2790 地区から南半球のニュージーランド ( 以下 NZ) へ留学致しました。当時は留学制度そのものが世間に浸透しておらず、まさか自分が、しかも 17 歳という多感な 1 年間を海外で過ごすとは思ってもいませんでした。

 NZ は日本ほどモノが溢れているという国ではありません。私が渡航した時点ではテレビのチャンネルは 1 と 2 、計 2 チャンネルで滞在半年後に 1 つ増えて計 3 チャンネンル。

 それでも日本の地上波の約半分です。テレビゲームなど当然あるはずもなく、遊びはもっぱら外でした。釣りにサーフィン、スキーにスノーボード、バンジージャンプもやりました。これらアウトドアライフを通じ、私は友達を作り、そして数々の貴重な事を学びました。英会話はもとより、考え方の違いや英語と日本語の根本的な相違、そして思わず首を

 かしげてしまいたくなる異文化の数々。またその昔、先住民族と英国からの移民たちとの間で骨肉の争いがあったこと多民族国家に触れたことのない私には少々血生臭く、ショッキングな話でした。

  留学先ではロータリーの交換留学制度を通じて、世界中から学生が集まっており、これらの学生達と知り合うことができるのも、また大きな魅力の一つです。彼らとは年に数回

 顔を合わせる機会があり、時には意見をぶつけ、時には労い、励まし合うという留学生だ  からこそできる経験が盛りたくさんです。これら学生達と交換しあったピンバッチは私の大事な財産で、今でもたまに広げてあの頃に思いを馳せています。

  一年 365 日と一口に言いますが、そうこう楽しいことばかりではありません。理不尽な理由から晩飯抜きということもありました。食い盛りの 17 才。辛さと言ったら計り知れません。英語だって最初は聞くに堪えないものでした。日本の英語教育とはそんなものかとなじられた事もしょっちゅうです。そんな中何とか食らえ付いて 1 年間頑張ろうと思えたのはやはり両親の存在でした。お世辞にも裕福とは言えない状況の中で、お前の将来のためだと私の背中を押してくれました。そんな教育熱心な両親を裏切ったら、罰があたりますからね。

  今思うと本当にいい経験をさせて頂いたと改めて思います。当時 17 才の私に常識では考えられないチャンスと出会い、そして数々の貴重な経験をプロデュースして下さった佐倉ロータリークラブの皆さんに心からお礼申し上げます。最後に留学を夢見る学生諸君、多感であれ!!